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山脇由貴子心理オフィス

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2016年4月

東京都足立区 同級生を殴ってしまった男の子~暴力が抑えられない~

2016年04月20日

東京の足立区で、「からかわれたから」という理由で
小4の男の子が同級生を殴ってしまい、殴られた子が意識不明の重体となってしまった
という事件が起きてしまいました。

まずはとにかく、殴られてしまった子の無事を祈る限りです。

殴ってしまった子は児童相談所に送致された、と報道されていました。

重要なのは、その子に同じことを繰り返させないことです。
枠のある環境の中に入れてあげることは、環境整備としては大切ですが、
いつかは必ず、枠から出してあげなくてはなりません。
そして、罰は、一時的な効果しか生まない。

私も、暴力がどうしても抑えられない子にたくさん出会って来ました。
「人を殴るのはいけないこと」
それは多くの子が分かっていました。

重要なのは、なぜ、暴力が抑えられないのか、その原因を探すことです。
以前、ブログで知的に少し低くて、言われている事が十分理解出来なくて、
そして自分の言いたいこともうまく言えなくて、お友達に手が出てしまう
女の子の話を書きました。

その他にも発達に偏りのある子や、落ち着きがなく、衝動性が高い子、
お父さんからお母さんへのDV(夫婦間暴力)を見続けた子もいました。
背景には家庭でひどい暴力、つまり虐待を受けていて、
その怒りや悲しみの発散として、暴力を振るう子もいました。

暴力は許されない。暴力は犯罪。
それを教えるのも確かに大人の責任です。
そして、子どもをあらゆる犯罪の加害者にしないのも大人の責任です。

子どもの暴力の原因を、本人も気づいていない心の中の原因を分析し、
そしてどうしたら2度と暴力を振るわないでいられるようになるか、
そして、どのような環境が適しているか。

そこまで、きちんと考えるのが、児童相談所の役割だと私は思います。

奈良 2歳児収納ケース殺害事件を考える~虐待としつけの境界~

2016年04月14日

奈良県で、2歳児が収納ケースに閉じ込められ、亡くなってしまったという事件が起きてしまいました。

父親はは「しつけ」と思っていた、いつもやっていた、と述べている、と報道されています。
真偽は分かりません。お父さんの心情も、知っていたお母さんの心情も分かりません。

でも、「虐待」とされる行為を、本心で「しつけ」だと思っている親御さんがいるのは事実です。
そして、「自分の子なんだから、自分がどうにかしなければ」と本気で思っている親御さんがいるのも事実です。

このご両親は、発達相談の予約を入れていた、ということも報道されています。

前回のブログで書きましたが、子どもの発達の問題に気づかず、
悩み、苦しみ、
「児童相談所に来て、発達障害だと分かって安心した」
「知的障害だと分かって良かった」
と言うお父さん、お母さんにもたくさん出会って来ました。
障害が分かって「良かった」と思うのは、それまで、
「自分のしつけの問題だ」
と思って自分を責めていたからです。

でも、逆もあります。
「しつけ」だと思っている方法が間違っていて、
子どもの問題をエスカレートさせてしまっている場合もあるのです。

「自分のやっていることは、あくまでしつけの一環だった」
そう思っている、お父さん、お母さんの中には、
「自分も同じようにしつけられて来たから」
「別の方法が分からないから」
という方もたくさんいます。

「痛い目にあわないと分からない」
本心でそう思っているお父さん、お母さんはいて、
子どもを叩いたり、押し入れに閉じ込めたり、
お風呂場に閉じ込めたりします。

お父さん、お母さんは「自分がこの子をどうにかしなければ」
と本気で思っているのだけれど、
子どもの心には傷が残ります。

大人になってからも、自分の母親と電話ですら話すのが怖い。
暗闇が怖い。
真っ暗だと眠れない。
そんな悩みを抱え続けている大人もたくさんみています。

どこからが虐待で、どこまでがしつけなのか。
その議論は、
「どこまでがいじめで、どこからが犯罪なのか」
という議論にとても似ています。
その議論を続けていても、こうした子どもの死亡事件はなくならない。
そう、感じ続けています。

少なくとも、子どもの行動の問題の原因は
発達の問題にあるのか、しつけの方法の間違いにあるのか。
その原因の分析は、児童相談所に出来ること。
私はそう信じて、児童相談所の心理の仕事を続けて来ました。

児童相談所が、「行きたくない場所」ではなく、
「行ったら気持ちが軽くなった」と思える場所になるにはどうしたら良いのか。
そして、親御さんにとっても、子どもにとっても
もっと相談に行きやすい場所になる為にはどうしたら良いのか。
それも、考え続けています。

今日発売の女性セブンにコメントが載っています。

2016年04月08日

女性セブン

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辛い子育てをしないために~子どもの障害を受け入れる~

2016年04月05日

いつも思うのですが、お父さん、お母さんにとって、子どもの障害を受け入れる、
というのは大変辛いことです。

私が働いていた児童相談所では、子どもの知的障害についての
判断をするのも重要な仕事でした。

その日、中学生の娘さんを連れてやって来たお母さんの悩みは
知的障害ではなく、娘さんの非行についてでした。
「学校にも行かないし、夜中は遊び歩いて朝帰ってくるんです。
 注意すると、逆切れして、また出て行ってしまうし」
あまりに言うことをきかないので、お母さんが手をあげてしまうこともあるとか。
でも、娘も反撃するので、取っ組み合いのけんかになることもあるそうです。

私は娘さんと2人で話をしました。
娘さんは、ふくれっつらで、私の方を見ようとせず、横を向いて座っていました。
それでも、お母さんと一緒に、ここ、児童相談所に来てくれている。
だから期待は持てる。そう、思いました。
言葉数は少なかったけれど、娘さんは私の質問に答えてくれました。
どうやら、自分のやっていることが「よくないこと」だということは分かっているようでした。
初回としては十分です。

私は、お母さんと娘さんにいつも通り一通りの知能検査を含めた心理検査を勧めました。
そして、一通りの検査が終わった段階で、私は思わず肩を落としました。
分かってしまった。やっぱり、そうだったのか。

検査の結果をお伝えするために、お母さんだけに来て頂きました。そしてお伝えしました。
「娘さんには、知的障害があると思われます」
辛い宣告だけれど。これは、私の義務だから。

お母さんは、動揺することもなく、表情も変えず、
でも、こぼれ続ける涙を手で拭っていました。
「おそらく、学校の授業は聞いていてもほとんど分からなかったんだと思います。
 だから、行かれなくなってしまったんだと」
そして娘さんは居場所を得たような気がした。一緒に過ごせる、夜遊び出来る仲間を見つけて。
親しい訳ではないけれど、ただ、一緒にいればいいから。

「やっぱり、そうだったんですね」
お母さんはあふれる涙を手で拭い続けながら言いました。
「分かって、良かったです。だって、塾に行って、どんなに勉強しても、ちっとも出来ないんです。
 何時間も勉強しているのに、やっぱり『分からない』って。」
お母さんには、ちゃんと分かっていた。娘さんが努力していることも。
そしてその涙ぐましい努力をお母さんも悲しんでいた。

「学校のお友達とも、うまく付き合えなくなっていたんだと思います」
私がそう言うと、お母さんはうなずいた。
「小学校の頃から、すぐにお友達とトラブルを起こして・・・
 言葉より先に手が出てしまって・・・」
「自分の気持ちがうまく伝えられなかったんだと思いますよ」
私がそう言うと、お母さんはちょっとだけ、笑顔を浮かべた。
「私と、似てるんですね」
そう。だから喧嘩になってしまう。お母さんは分かってくれました。

娘さんの知的障害の判定は一通り終わりましたが、その後もお母さんと娘さんは
自発的に2人で通って来て下さいました。
娘さんの夜遊びはそう簡単にはなくならず、お母さんがカッとなってしまうことも続いたからです。

2人で来ているのに、待合室では一番離れた席に座り、2人でふてくされた表情を浮かべていました。
一度は、お母さんが
「夜遊びをやめないなら、もうこの子は面倒見れません。連れて帰れません」
と言い、娘さんは
「夜遊びも止めないし、絶対家に帰る」
と言い、お互いが、
「そう、言っといて」
と私に言うのです。
仲良くしたい、仲良くしたい。
2人ともそう言っている気がしました。だから、ここ、児童相談所に通って来ているのだと。

その後、お母さんの気持ちも伝わったのでしょう。
そして娘さんも楽になりたかったのでしょう。
娘さんは特別支援学校高等部に進学しました。

入学直後は、娘さんが自分の障害を受け入れられず、
「私はここにいる子達とは違う!」
と言って学校に行かなくなったり。
これも当然です。彼女の障害は軽く、重い障害を抱えている子とは違うと思って当然です。
お母さん、お父さんが子どもの障害を受け入れるのがとても大変なのと同じくらい、
子ども自身だって、自分が「障害者である」という現実を受け入れるのは大変なことです。

私は何度も学校に呼ばれ、先生達と話し合い、お母さん、娘さんとも話し合いました。
でも、次第にお母さんは児童相談所には来なくなりました。
悪い意味ではなく。
電車を乗り継いで来なくてはならない児童相談所よりも、
家に近い、通いやすい場所にある、特別支援学校の先生達、という相談相手を見つけたからです。

児童相談所は、お子さんの知的障害の判断をし、お父さん、お母さんに伝えなくてはなりません。
でも、お父さん、お母さん、そしてご本人が障害を受け入れるお手伝いもする場所であるべきだと
私は思うのです。

そして、困っている、家族、お子さんにとって
「ここに来れば、きっと助けてもらえる」
そう思える場所であるべきだと。