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山脇由貴子心理オフィス

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ブログ

2016年5月

愛知 小学生女児誘拐事件を考える ~子どもとインターネット~

2016年05月28日

愛知県の小学生の女の子が、男性2人に東京に連れ去られた、という事件が起きました。
男性2人が20歳と18歳という若さにも驚きましたが、
事件前、被害に遭った女の子とLINEでやり取りしていた、と
報道されていました。

また、起きてしまった・・・と感じてしまいました。

子どもとインターネットについては、以前ブログにも書きましたし、
講演会では必ず話しているテーマです。

子どもって、大人に優しくされると嬉しくなってしまうんですよね。
見知らぬ相手であっても。
そして、「私だけは、危ないめには遭わない、大丈夫」
という自信を何故か持っています。
だから、ネットで知り合った人に会いに行ってしまうんですよね。

熊野の講演会では、性的虐待について話しました。
性的虐待だけでなく、家庭に居心地の悪さを感じた子どもが
以前よりも簡単に家出するようになっています。
それは、ネットで、家出しても泊めてくれる大人を見つけるから。
そして、行先のない子はやはりネットで援助交際の相手を見つけられるから。
風俗で働く場所を見つけられるから。

今後もその実数を把握するのはとても難しい事です。
でも、確実に増えています。
中高生の女の子が風俗店の狭い待合スペースで寝泊まりし、
置いてあるお菓子を食べながら、時々コンビニでおにぎりを買って
生活する。

東京の繁華街では、中学生が風俗にスカウトされるのです。
恐ろしい事です。

そして、子どもに携帯電話を持たせる事で、親御さんの感覚も変化して来ています。
以前、警察官の方が言っていたのですが、
プチ家出中の高校生の女の子を補導し、親に連絡を入れた所、
「あ、大丈夫ですよ、携帯で連絡取れますから」
と、お母さんに言われたとか。

これも何か違う気がします。

かと言って、子どもに携帯を持たせない、というのはもう不可能です。
携帯を持っていなければ、スマホを持っていなければ、
子どもはいじめられてしまう時代です。
親にとっても、子どもとの連絡手段として、携帯は必須です。

携帯電話、インターネットは子どもの安全を守る為のものだけれど。
子どもを危険にもさらしている。

考え続けなくてはならない問題です。

足立区 同級生を殴ってしまった男の子の事件~暴力を抑えられない子ども~

2016年05月26日

4月20日に、からかわれた、という理由で同級生を殴ってしまった
小学生の男の子の事を書きました。

今日のニュースで見ましたが、殴られた男の子は死亡してしまったとの事・・・
とても、悲しい話です。
殴った子だって、殺したいと思った訳ではないはずなのに。
でも、被害者の親御さんにすれば、「殺された」のは事実であって・・・

事件を起こした男の子は児童相談所に送られていると報道されていました。
事件の重大性から、児童相談所が保護していると思うのですが・・・
今後、彼はどうなってゆくのでしょうか。
あまりに事件が重大なので、児童相談所は家庭裁判所に送致するでしょうか。

そうでなければ、子どもを更生させるための、都の施設に入る事になると思います。

施設に入ったからといって、それがイコール更生につながる訳ではありません。
彼が、暴力を抑えられない原因、そして加減が出来ない原因をきちんと分析する事。
そしてどうしたら抑えられるようになるか。
そのトレーニングが重要だと思うのです。

殴ってしまった男の子の親御さんも、やはり苦しんでいる事でしょう。
彼の将来を案じている事と思います。

子どもの心を知るのはとても難しい事です。
表面的な分析ではなく、彼の暴力の衝動の原因をきちんと分析し、
2度と同じことを繰り返さない方法を、
児童相談所と、今後彼に関わってゆく大人が考えて行ってあげて欲しいです。

お亡くなりになった被害者のお子さんの冥福を、心よりお祈り申し上げます。

熊野市講演会~性的虐待 風俗 子どもと女性の貧困~

2016年05月24日

お刺身
三重県熊野市に、曹洞宗の方に招かれ、講演会に行って来ました。
前日入りだったので、主催者の方に、美味しいお食事をごちそうして頂きました。

熊野 海 ブログ用
ホテルからの景色も絶景。

熊野 海
海もきれいでした。
今回は観光は出来ませんでしたが、また行く事があったら、
熊野古道など、ぜひ行ってみたいと思いました。

さて、講演のテーマは「性的虐待を受けた子どもたち」というかなり重いテーマでした。
初めてですが、フリーライターの方と一緒の講演。
ライターの方が、性的虐待を受けた子どもと風俗事情についてお話し、
私は、虐待についてと虐待を受けた子どもの心理、
虐待を受けた子どもがどんな大人になるか、をお話させて頂きました。

性的虐待については、報道される事はありません。
被害者を守る為に、私も報道されるべきではないと思っています。
けれど、日本にも性的虐待があるのは事実で、
その被害にあった子どもは、生涯、苦しみ続けます。

「家族を滅茶苦茶にしてしまう」という思いから
誰にも相談できずに抱え込む子はとても多く、
「自分が悪い」「自分は汚れている」と自己評価を下げてしまいます。

被害に遭い続け、耐えられくなった子ども、女の子で家出をしてしまう子がいます。
けれど、行先はない。
高校生で飛び出すと、学歴は中卒。
雇ってくれる場所もありません。
結果、年齢を偽ったり、闇の風俗で働きます。

決して良い環境ではないけれど、寝る場所があり、
食べるものはある。子ども達はそこで生活する事になります。
お客さんの中には優しくしてくれる人もいて、
家よりも居心地が良いと感じ、
そして家出期間が長引くと、どんどん家に帰れなくなってしまいます。

家庭自体が貧困で、苦しむ子どももいます。
家を出て、出来る仕事も、稼げるお金も限られていて、
貧困に苦しむ女の子もいます。
そして風俗に入ってしまった子の多くは、年齢を重ねるにつれ
貧困に苦しむようになるのです。

子どもの人生、将来は、親とは切っても切れません。
どういう風に育てられたか。
それが子どもの人生を決定づけます。

子どもの貧困。
家庭にいる子でも、家を飛び出してしまった子でも
子どもの苦しみを救う、という事でしかないと思うのです。

目には見えない、心の苦しみを。

貧困女子 買い物依存症とSNS依存

2016年05月20日

インターネットのニュースで見たのですが、
「貧困女子のリアル」という本が小学館から出されたそうです。
この本に出てくるのは、低収入の女性ではなく、
年収700万稼いでいても、借金返済に追われるなど、
お金に困っている女性たち。

お金に困っている理由の一つは、ブランドものの
バッグや服を買ってしまうこと。
この本の筆者の方は「見栄」が問題と指摘しています。
それもあると思いますが、
買い物依存症って立派な病気なんですよね。
しかも、本人は気づいていない場合が多いのです。

新しい服やバッグを買うと女性は嬉しくなり、興奮します。
そして買い物って、なんだか店員の優位に立ったように気持ちなります。
「お客様」ですから。
当然、高価なブランド店の店員は丁寧になります。
だから気分もいい。
そして高価なものを買うと、なんとなく自分が
「お金持ち」になったような気分になります。
錯覚ですね。
借金も、クレジットカードでの買い物と同じで、
だんだん感覚が麻痺して来て、借金の総額が分からなくなってしまうのです。
怖いですね。
ギャンブルだと、当たるか当たらないかは自分ではどうしようもないですが、
買い物だったら、お金さえ払えば必ず快感が得られるわけです。

もう一つの理由は、これは私も驚きましたが、
SNS用に高価な犬を買い、でも面倒を見るのに飽きてしまい、
犬を瀕死の状態にさせてしまった女性もいるという事です。

なるほど、と思いました。
SNSのネタがなくなってしまい、無理してお金を払ってネタを作る。

ネットいじめも同じなのですが、ネットでの自己表現って
エンターテイメント化しやすいのです。
見てくれる人が増えると、嬉しくなって、もっともっと、と思い、
盛り上がるだろう内容を書かなきゃ、という気持ちになります。
そして、リア充である自分をアピールし続けなきゃ、
という気持ちになります。
見てくれている人たちは、まさに「観客」です。

ネットの中の自己表現がエンターテイメント化すると
嘘や作り話はOKになります。
本当かどうかなんて、誰も確かめないし。
だから、ネット世界の自分が現実の自分と違う自分になってゆきます。
そうなると、エスカレートさせ続けるしかありません。

SNSを1日1度はチェックしないと気になってしまう。
そういう人はたくさんいます。
けれど、SNSのネタ作りの為にお金を使うようになる、
というのは、もうSNS依存だと思うのです。

いじめの講演をする時は、子ども社会にインターネットが与えた悪い影響を
必ず話しています。
非現実世界であるインターネット世界では、いじめの手段として、
嘘や作り話は歓迎される。だからいじめがエスカレートする。

結局、大人社会でも同じことが起こっている気がします。
SNS依存も増えてゆくのだろうと思うのです。

インターネットとの付き合い方。これはこれからの大きな課題ですね。

子どもの貧困と子ども食堂を考える

2016年05月17日

「子どもの貧困」の問題がクローズアップされるようになり、
子ども食堂の存在は、多くの報道で紹介されています。

「子どもを救う」
これは、とても重要なことであり、私自身の生涯のテーマでもあります。
子ども食堂はとても素晴らしいと思います。
学習支援をしている所もあり、子どもにとっての居場所としての役割を果たしていると思います。

けれど、「子どもの貧困」という言葉には、ずっと違和感を抱いてきました。

本当に、「子ども」の貧困なのでしょうか。
その家庭で、子どもだけが貧困に苦しんでいるのであれば、
それは、児童虐待です。

児童相談所で働いている頃は、
空腹に耐えられず、万引きする子に出逢いました。
お父さん、お母さん、きょうだいは美味しいものをたくさん食べているのに、
1人だけ、冷たいご飯だけしか食べられない、という子に出逢いました。
「好きなご飯はなに?」
と尋ねると
「のりたま!」
と嬉しそうに答える子がいました。
ふりかけご飯しか食べていない子でした。
お母さんがずっと帰って来なくて、
家にある唯一の食べ物であるお米を少しずつ炊きながら
飢えをしのいでいた子がいました。

全て、虐待として児童相談所が保護する対象となる子です。

報道を見ていると、子どもだけでなく、お母さんもまともに食べられていない。
生活保護をもらっているのに、毎日の食費に困っている。
水道代すらも払えない。そんな家庭が出て来ます。

ライフラインが止まる。これはやはり、児童相談所が子どもを保護する
決定的要因です。

貧困に苦しんでいるのは、子どもだけではない。
そのことを、見失ってはいけないと思うのです。
「親から子への貧困の連鎖を断ち切る」
とコメントされていた方がいました。
確かに、それは重要だけれど。
親の貧困を救わなければ、子どもの貧困は救えない。
親が、子どもに満足な食事を与えられないほど、貧困に苦しんでいるのであれば、
今、お父さんお母さんには、子どもを育てる為の経済力がない、という事になります。
お父さんお母さんへの経済的サポートが必要ということです。
時間がかかるのであれば、子どもを一時的に預ける。

実際、児童相談所で働いている時は、お父さんお母さんが
借金を返済するまで子どもを預かる、という事はありました。
親から引き離すためではなく。
お父さんお母さんも、子どもに苦しい思いをさせたくない、という思いでした。
経済的に苦しい、満足な食事を与えられない、加えてお父さんお母さんは
昼夜を問わず、働かなくてはならないので、子どもの面倒を見れないから。
勇気が必要な決断ですが、子どもを為を思ってと泣きながら
子どもを預けに来るお父さんお母さんはいました。

子どもの貧困がクローズアップされるのは大切なことです。
子どもを救うのは、大人の役割です。
でも、「子どもの貧困」という問題だけを見るのではなく、
子どもの貧困の背景にある、問題の本質を見失わないようにしなくては
ならないと思うのです。

子どもを救う、ということは、家族を救う、ということだから。
どんな子どもにとっても、親は一番大事な存在です。
子ども達は、優しいから、自分だけ幸せになりたいとは望みません。
お父さんお母さんが不幸だと、子どもは幸せになれません。

家庭全体の貧困を、そして苦しみを取り除く。
それが本当の意味で子どもを救うことになると思うのです。

品川区女子中学生自殺事件を考える そして台東区母親殺害事件続報

2016年05月10日

また、事件が起きてしまいました。
9日夜、品川区で、女性中学生2人が線路に飛び込み、死亡してしまったという事件。
手書きのメモには、「死にたい」と書かれていたそうです。
2人は手をつないでいたとか。

自殺・・・なんでしょうか。

品川区の教育委員会は、記者会見で、「いじめがあったという情報はない」
「原因は分からない」と発表したそうです。

子どもの自殺が起こると、最近は必ず「いじめ」について触れるようになりました。
いじめがあったかどうか、それは大事な事です。
学校に通う子ども達にとって。
でも、昨晩の夜に起こったことで、まだ何も分からない段階です。
今、言えるとしたら「調査してゆきます」だけしかないと思うのです。
その調査も「事実関係」だけではなく、亡くなってしまった女の子達の
心に何が起こっていたのか。
もちろん、とても大変なことです。
でも、いじめがあったかなかったか、を語り始めると、
責任の所在を探そうとしているようにしか見えないのは、
私だけでしょうか。

相模原児童相談所の事件の記者会見でも強く思った事です。
「判断に間違いはなかった」
正しいか正しくないかよりも、子どもを救えなかった事実の方が大事なことです。

品川で亡くなってしまった2人の女の子も、やはり誰にも相談出来なかったのでしょうか。
自分達で解決しなくては、と思ったのでしょうか。
だとすれば、間違いなく、それは大人の問題です。

一報、文部科学大臣は、「死を絶対に選んではいけない」とコメントしたとか。
「死にたい」と思っている子どもに「死んではいけない」と大人が言う。
今までも、何度もテレビやニュースで見て来ました。
その声は、子どもに届くのでしょうか。
私は、児童相談所で、「死んではいけない」という言葉は
子どもに響かない、という事を学び続けました。

そして昨日ブログに書きました、台東区で15歳の女の子がお母さんを殺してしまった事件。
女の子は「やっていない」と言っていると報道で見ました。

今、彼女はどんな気持ちなのでしょうか。
こちらも、やはり事実は大事だけれど、今は、まだ何も話せないのかもしれません。
誰か一人でも、彼女の心を探ろうとしてあげているでしょうか。
誰か一人でも、「苦しかったね」と言ってあげてくれているでしょうか。

もちろん、警察は子どもの心のケアをする場所ではありません。
でも、子どもが本当のことを語るには、時間がかかる時があります。
出来る限り待ってあげて、そして、彼女の心に、寄り添ってあげて欲しいと願います。

台東区15歳長女母親殺害事件を考える

2016年05月09日

台東区で、15歳の女の子がお母さんを殺してしまうという事件が起きてしまいました。

一部の報道によると、女の子が小学校2年生くらいから、
怒鳴り声と子どもの泣き声がし、近隣が台東区の子ども家庭支援センターに
通報していたとの事。
支援センターは暴力を受けた形跡がないので、
「虐待ではない」
と判断したそうです。

どうにか、ならなかったのでしょうか。
親が、「勉強しろ」と厳しく子どもを叱る。
これだけだと、確かに児童相談所も
「虐待」とは判断しない事が多いのは現実です。
あるいは、お母さんに何らかの「助言」をして終えるとか。

でも、何度も書いていますが、
心は見えないのに。
子どもがどれだけ追い詰められているか、
そこまでは考えてもらえない。
「心の健康な成長」は考えてもらえない。
とても切ない現実です。

そして「虐待ではない」のなら、何のサポートもしてもらえない
というのも違っていると私は思うのです。
虐待でなくても、外部の専門家が関わってあげた方が
良い親子はたくさんいます。

この事件の女の子は、「殺すしかない」と思ったのだとしたら
「誰も助けてくれない」
と思ったのでしょう。
相談出来る大人が、頼れる大人が誰もいなかったのでしょう。
多くの子ども達と同じように。

厳しいしつけを受け続け、自分を否定され続けた子が
どんな風に成長してゆくのか。
そして、親子の力関係が逆転した時、何が起こるのか。
それは、子どもに関する相談機関は絶対に考えなくては
ならない事です。

ちょっと違う話ですが、成人を含め、子どもが親を殺した、
という事件を目にするたびに考えることがあります。

「このままだと子どもに殺される」
そういう、お母さんやお父さんからの相談も
相談機関には入ってきます。

あるお母さんは言いました。
「どこに行っても、『本人を連れて来てくれないと何もできない』
 と言われ続けました」

そうなんです。相談機関だけでなく、精神科も、本人を連れて来ないと
何もできない、と言います。
でも、本人は困っていないのです。
精神科に連れて行こうとなんてすれば、
それこそ殺されかねない。
児童相談所も同じです。子どもにとってみれば、
「問題がある子」が行く所なのです。
だから相談に行こうなんて、子どもに切り出せない。
一番困っているのはお母さんで、でも子どもを連れて来れないから、
お母さんが相談しているのに。

子どもの事で、困り果てて色んな所に相談したのに、
誰も助けてくれなかった。
そう思っている、お母さん、お父さんもきっとたくさん
いるのだと思います。
子ども達と同じように。

児童相談所は、本当の意味で「相談出来る」、
家族を救える場所に、児童相談所にならなくてはいけない、と思います。

今は何より、台東区の事件の女の子の今後が心配です。
加害者だけれど、被害者だから。
心のケア、誰かしてあげて欲しい。

新潟男児殺害事件を考える~性的虐待について~

2016年05月02日

4月25日の報道なので、少し前の事になりますが、
新潟で生まれたばかりの男の子をお母さんとお母さんの義父が
殺してしまった、というニュースが流れていました。

赤ちゃんんお母さんは、お母さんの義父の再婚相手の子どもで、
2人の間に血縁関係はなかったけれど、養子縁組をしていた、
という報道もありました。
赤ちゃんは、お母さんと義父の間の子ども。
2人は十数年前からの性的関係を認めている、とありました。

つまりは性的虐待ということです。
赤ちゃんのお母さんは性的虐待の被害者という事になります。

どうしてこのニュースはあまり大々的に報道されないのだろう、
と考えた時に、性的虐待という要因が大きいように思いました。

性的虐待は、本当に表に出て来にくいです。

外から見ていて分かるものではない。
それは大きな要因の一つです。
けれどそれ以上に、被害者が、誰にも助けを求めないのです。

絶対に知られてはいけないことだと、被害者本人は思っています。
そして、誰かに告白したら、家族を滅茶苦茶にしてしまう、と思っています。
自分さえ我慢すれば、と思っています。
そして自分は汚れている、と思っている子もいます。
だから誰にも言えずに長期間、抱え込んでしまう。

虐待については、110番や119番と同じように、
電話での虐待通報は189と三桁化されました。
でも、ずっと思ってきたのですが、
日本は、子ども本人たちが、自分が助けを求めたら、
自分はどうなるのか、どういう風に守ってもらえるのかを
よく知りません。
自分がどうなるか、不安で相談出来ない子もいます。
そして、相模原ので起こった、保護を求めても
児童相談所が保護してくれなかった、という報道を、子どもは目にします。

どうしたら子どもが安心して、助けを求められる相談ルートが出来るのか。
どうしたらそれを多くの子ども達に知ってもらえるのか。
それを考え続けています。