office yamawaki

山脇由貴子心理オフィス

〒104-0061 中央区銀座8-17-5 アイオス銀座

営業時間:12:00~19:00(最終予約) (土日も予約可)

電話番号:03-3248-8813

ホームプロフィールブログ

ブログ

貧困女子 買い物依存症とSNS依存

2016年05月20日

インターネットのニュースで見たのですが、
「貧困女子のリアル」という本が小学館から出されたそうです。
この本に出てくるのは、低収入の女性ではなく、
年収700万稼いでいても、借金返済に追われるなど、
お金に困っている女性たち。

お金に困っている理由の一つは、ブランドものの
バッグや服を買ってしまうこと。
この本の筆者の方は「見栄」が問題と指摘しています。
それもあると思いますが、
買い物依存症って立派な病気なんですよね。
しかも、本人は気づいていない場合が多いのです。

新しい服やバッグを買うと女性は嬉しくなり、興奮します。
そして買い物って、なんだか店員の優位に立ったように気持ちなります。
「お客様」ですから。
当然、高価なブランド店の店員は丁寧になります。
だから気分もいい。
そして高価なものを買うと、なんとなく自分が
「お金持ち」になったような気分になります。
錯覚ですね。
借金も、クレジットカードでの買い物と同じで、
だんだん感覚が麻痺して来て、借金の総額が分からなくなってしまうのです。
怖いですね。
ギャンブルだと、当たるか当たらないかは自分ではどうしようもないですが、
買い物だったら、お金さえ払えば必ず快感が得られるわけです。

もう一つの理由は、これは私も驚きましたが、
SNS用に高価な犬を買い、でも面倒を見るのに飽きてしまい、
犬を瀕死の状態にさせてしまった女性もいるという事です。

なるほど、と思いました。
SNSのネタがなくなってしまい、無理してお金を払ってネタを作る。

ネットいじめも同じなのですが、ネットでの自己表現って
エンターテイメント化しやすいのです。
見てくれる人が増えると、嬉しくなって、もっともっと、と思い、
盛り上がるだろう内容を書かなきゃ、という気持ちになります。
そして、リア充である自分をアピールし続けなきゃ、
という気持ちになります。
見てくれている人たちは、まさに「観客」です。

ネットの中の自己表現がエンターテイメント化すると
嘘や作り話はOKになります。
本当かどうかなんて、誰も確かめないし。
だから、ネット世界の自分が現実の自分と違う自分になってゆきます。
そうなると、エスカレートさせ続けるしかありません。

SNSを1日1度はチェックしないと気になってしまう。
そういう人はたくさんいます。
けれど、SNSのネタ作りの為にお金を使うようになる、
というのは、もうSNS依存だと思うのです。

いじめの講演をする時は、子ども社会にインターネットが与えた悪い影響を
必ず話しています。
非現実世界であるインターネット世界では、いじめの手段として、
嘘や作り話は歓迎される。だからいじめがエスカレートする。

結局、大人社会でも同じことが起こっている気がします。
SNS依存も増えてゆくのだろうと思うのです。

インターネットとの付き合い方。これはこれからの大きな課題ですね。

子どもの貧困と子ども食堂を考える

2016年05月17日

「子どもの貧困」の問題がクローズアップされるようになり、
子ども食堂の存在は、多くの報道で紹介されています。

「子どもを救う」
これは、とても重要なことであり、私自身の生涯のテーマでもあります。
子ども食堂はとても素晴らしいと思います。
学習支援をしている所もあり、子どもにとっての居場所としての役割を果たしていると思います。

けれど、「子どもの貧困」という言葉には、ずっと違和感を抱いてきました。

本当に、「子ども」の貧困なのでしょうか。
その家庭で、子どもだけが貧困に苦しんでいるのであれば、
それは、児童虐待です。

児童相談所で働いている頃は、
空腹に耐えられず、万引きする子に出逢いました。
お父さん、お母さん、きょうだいは美味しいものをたくさん食べているのに、
1人だけ、冷たいご飯だけしか食べられない、という子に出逢いました。
「好きなご飯はなに?」
と尋ねると
「のりたま!」
と嬉しそうに答える子がいました。
ふりかけご飯しか食べていない子でした。
お母さんがずっと帰って来なくて、
家にある唯一の食べ物であるお米を少しずつ炊きながら
飢えをしのいでいた子がいました。

全て、虐待として児童相談所が保護する対象となる子です。

報道を見ていると、子どもだけでなく、お母さんもまともに食べられていない。
生活保護をもらっているのに、毎日の食費に困っている。
水道代すらも払えない。そんな家庭が出て来ます。

ライフラインが止まる。これはやはり、児童相談所が子どもを保護する
決定的要因です。

貧困に苦しんでいるのは、子どもだけではない。
そのことを、見失ってはいけないと思うのです。
「親から子への貧困の連鎖を断ち切る」
とコメントされていた方がいました。
確かに、それは重要だけれど。
親の貧困を救わなければ、子どもの貧困は救えない。
親が、子どもに満足な食事を与えられないほど、貧困に苦しんでいるのであれば、
今、お父さんお母さんには、子どもを育てる為の経済力がない、という事になります。
お父さんお母さんへの経済的サポートが必要ということです。
時間がかかるのであれば、子どもを一時的に預ける。

実際、児童相談所で働いている時は、お父さんお母さんが
借金を返済するまで子どもを預かる、という事はありました。
親から引き離すためではなく。
お父さんお母さんも、子どもに苦しい思いをさせたくない、という思いでした。
経済的に苦しい、満足な食事を与えられない、加えてお父さんお母さんは
昼夜を問わず、働かなくてはならないので、子どもの面倒を見れないから。
勇気が必要な決断ですが、子どもを為を思ってと泣きながら
子どもを預けに来るお父さんお母さんはいました。

子どもの貧困がクローズアップされるのは大切なことです。
子どもを救うのは、大人の役割です。
でも、「子どもの貧困」という問題だけを見るのではなく、
子どもの貧困の背景にある、問題の本質を見失わないようにしなくては
ならないと思うのです。

子どもを救う、ということは、家族を救う、ということだから。
どんな子どもにとっても、親は一番大事な存在です。
子ども達は、優しいから、自分だけ幸せになりたいとは望みません。
お父さんお母さんが不幸だと、子どもは幸せになれません。

家庭全体の貧困を、そして苦しみを取り除く。
それが本当の意味で子どもを救うことになると思うのです。

品川区女子中学生自殺事件を考える そして台東区母親殺害事件続報

2016年05月10日

また、事件が起きてしまいました。
9日夜、品川区で、女性中学生2人が線路に飛び込み、死亡してしまったという事件。
手書きのメモには、「死にたい」と書かれていたそうです。
2人は手をつないでいたとか。

自殺・・・なんでしょうか。

品川区の教育委員会は、記者会見で、「いじめがあったという情報はない」
「原因は分からない」と発表したそうです。

子どもの自殺が起こると、最近は必ず「いじめ」について触れるようになりました。
いじめがあったかどうか、それは大事な事です。
学校に通う子ども達にとって。
でも、昨晩の夜に起こったことで、まだ何も分からない段階です。
今、言えるとしたら「調査してゆきます」だけしかないと思うのです。
その調査も「事実関係」だけではなく、亡くなってしまった女の子達の
心に何が起こっていたのか。
もちろん、とても大変なことです。
でも、いじめがあったかなかったか、を語り始めると、
責任の所在を探そうとしているようにしか見えないのは、
私だけでしょうか。

相模原児童相談所の事件の記者会見でも強く思った事です。
「判断に間違いはなかった」
正しいか正しくないかよりも、子どもを救えなかった事実の方が大事なことです。

品川で亡くなってしまった2人の女の子も、やはり誰にも相談出来なかったのでしょうか。
自分達で解決しなくては、と思ったのでしょうか。
だとすれば、間違いなく、それは大人の問題です。

一報、文部科学大臣は、「死を絶対に選んではいけない」とコメントしたとか。
「死にたい」と思っている子どもに「死んではいけない」と大人が言う。
今までも、何度もテレビやニュースで見て来ました。
その声は、子どもに届くのでしょうか。
私は、児童相談所で、「死んではいけない」という言葉は
子どもに響かない、という事を学び続けました。

そして昨日ブログに書きました、台東区で15歳の女の子がお母さんを殺してしまった事件。
女の子は「やっていない」と言っていると報道で見ました。

今、彼女はどんな気持ちなのでしょうか。
こちらも、やはり事実は大事だけれど、今は、まだ何も話せないのかもしれません。
誰か一人でも、彼女の心を探ろうとしてあげているでしょうか。
誰か一人でも、「苦しかったね」と言ってあげてくれているでしょうか。

もちろん、警察は子どもの心のケアをする場所ではありません。
でも、子どもが本当のことを語るには、時間がかかる時があります。
出来る限り待ってあげて、そして、彼女の心に、寄り添ってあげて欲しいと願います。

台東区15歳長女母親殺害事件を考える

2016年05月09日

台東区で、15歳の女の子がお母さんを殺してしまうという事件が起きてしまいました。

一部の報道によると、女の子が小学校2年生くらいから、
怒鳴り声と子どもの泣き声がし、近隣が台東区の子ども家庭支援センターに
通報していたとの事。
支援センターは暴力を受けた形跡がないので、
「虐待ではない」
と判断したそうです。

どうにか、ならなかったのでしょうか。
親が、「勉強しろ」と厳しく子どもを叱る。
これだけだと、確かに児童相談所も
「虐待」とは判断しない事が多いのは現実です。
あるいは、お母さんに何らかの「助言」をして終えるとか。

でも、何度も書いていますが、
心は見えないのに。
子どもがどれだけ追い詰められているか、
そこまでは考えてもらえない。
「心の健康な成長」は考えてもらえない。
とても切ない現実です。

そして「虐待ではない」のなら、何のサポートもしてもらえない
というのも違っていると私は思うのです。
虐待でなくても、外部の専門家が関わってあげた方が
良い親子はたくさんいます。

この事件の女の子は、「殺すしかない」と思ったのだとしたら
「誰も助けてくれない」
と思ったのでしょう。
相談出来る大人が、頼れる大人が誰もいなかったのでしょう。
多くの子ども達と同じように。

厳しいしつけを受け続け、自分を否定され続けた子が
どんな風に成長してゆくのか。
そして、親子の力関係が逆転した時、何が起こるのか。
それは、子どもに関する相談機関は絶対に考えなくては
ならない事です。

ちょっと違う話ですが、成人を含め、子どもが親を殺した、
という事件を目にするたびに考えることがあります。

「このままだと子どもに殺される」
そういう、お母さんやお父さんからの相談も
相談機関には入ってきます。

あるお母さんは言いました。
「どこに行っても、『本人を連れて来てくれないと何もできない』
 と言われ続けました」

そうなんです。相談機関だけでなく、精神科も、本人を連れて来ないと
何もできない、と言います。
でも、本人は困っていないのです。
精神科に連れて行こうとなんてすれば、
それこそ殺されかねない。
児童相談所も同じです。子どもにとってみれば、
「問題がある子」が行く所なのです。
だから相談に行こうなんて、子どもに切り出せない。
一番困っているのはお母さんで、でも子どもを連れて来れないから、
お母さんが相談しているのに。

子どもの事で、困り果てて色んな所に相談したのに、
誰も助けてくれなかった。
そう思っている、お母さん、お父さんもきっとたくさん
いるのだと思います。
子ども達と同じように。

児童相談所は、本当の意味で「相談出来る」、
家族を救える場所に、児童相談所にならなくてはいけない、と思います。

今は何より、台東区の事件の女の子の今後が心配です。
加害者だけれど、被害者だから。
心のケア、誰かしてあげて欲しい。

新潟男児殺害事件を考える~性的虐待について~

2016年05月02日

4月25日の報道なので、少し前の事になりますが、
新潟で生まれたばかりの男の子をお母さんとお母さんの義父が
殺してしまった、というニュースが流れていました。

赤ちゃんんお母さんは、お母さんの義父の再婚相手の子どもで、
2人の間に血縁関係はなかったけれど、養子縁組をしていた、
という報道もありました。
赤ちゃんは、お母さんと義父の間の子ども。
2人は十数年前からの性的関係を認めている、とありました。

つまりは性的虐待ということです。
赤ちゃんのお母さんは性的虐待の被害者という事になります。

どうしてこのニュースはあまり大々的に報道されないのだろう、
と考えた時に、性的虐待という要因が大きいように思いました。

性的虐待は、本当に表に出て来にくいです。

外から見ていて分かるものではない。
それは大きな要因の一つです。
けれどそれ以上に、被害者が、誰にも助けを求めないのです。

絶対に知られてはいけないことだと、被害者本人は思っています。
そして、誰かに告白したら、家族を滅茶苦茶にしてしまう、と思っています。
自分さえ我慢すれば、と思っています。
そして自分は汚れている、と思っている子もいます。
だから誰にも言えずに長期間、抱え込んでしまう。

虐待については、110番や119番と同じように、
電話での虐待通報は189と三桁化されました。
でも、ずっと思ってきたのですが、
日本は、子ども本人たちが、自分が助けを求めたら、
自分はどうなるのか、どういう風に守ってもらえるのかを
よく知りません。
自分がどうなるか、不安で相談出来ない子もいます。
そして、相模原ので起こった、保護を求めても
児童相談所が保護してくれなかった、という報道を、子どもは目にします。

どうしたら子どもが安心して、助けを求められる相談ルートが出来るのか。
どうしたらそれを多くの子ども達に知ってもらえるのか。
それを考え続けています。

東京都足立区 同級生を殴ってしまった男の子~暴力が抑えられない~

2016年04月20日

東京の足立区で、「からかわれたから」という理由で
小4の男の子が同級生を殴ってしまい、殴られた子が意識不明の重体となってしまった
という事件が起きてしまいました。

まずはとにかく、殴られてしまった子の無事を祈る限りです。

殴ってしまった子は児童相談所に送致された、と報道されていました。

重要なのは、その子に同じことを繰り返させないことです。
枠のある環境の中に入れてあげることは、環境整備としては大切ですが、
いつかは必ず、枠から出してあげなくてはなりません。
そして、罰は、一時的な効果しか生まない。

私も、暴力がどうしても抑えられない子にたくさん出会って来ました。
「人を殴るのはいけないこと」
それは多くの子が分かっていました。

重要なのは、なぜ、暴力が抑えられないのか、その原因を探すことです。
以前、ブログで知的に少し低くて、言われている事が十分理解出来なくて、
そして自分の言いたいこともうまく言えなくて、お友達に手が出てしまう
女の子の話を書きました。

その他にも発達に偏りのある子や、落ち着きがなく、衝動性が高い子、
お父さんからお母さんへのDV(夫婦間暴力)を見続けた子もいました。
背景には家庭でひどい暴力、つまり虐待を受けていて、
その怒りや悲しみの発散として、暴力を振るう子もいました。

暴力は許されない。暴力は犯罪。
それを教えるのも確かに大人の責任です。
そして、子どもをあらゆる犯罪の加害者にしないのも大人の責任です。

子どもの暴力の原因を、本人も気づいていない心の中の原因を分析し、
そしてどうしたら2度と暴力を振るわないでいられるようになるか、
そして、どのような環境が適しているか。

そこまで、きちんと考えるのが、児童相談所の役割だと私は思います。

奈良 2歳児収納ケース殺害事件を考える~虐待としつけの境界~

2016年04月14日

奈良県で、2歳児が収納ケースに閉じ込められ、亡くなってしまったという事件が起きてしまいました。

父親はは「しつけ」と思っていた、いつもやっていた、と述べている、と報道されています。
真偽は分かりません。お父さんの心情も、知っていたお母さんの心情も分かりません。

でも、「虐待」とされる行為を、本心で「しつけ」だと思っている親御さんがいるのは事実です。
そして、「自分の子なんだから、自分がどうにかしなければ」と本気で思っている親御さんがいるのも事実です。

このご両親は、発達相談の予約を入れていた、ということも報道されています。

前回のブログで書きましたが、子どもの発達の問題に気づかず、
悩み、苦しみ、
「児童相談所に来て、発達障害だと分かって安心した」
「知的障害だと分かって良かった」
と言うお父さん、お母さんにもたくさん出会って来ました。
障害が分かって「良かった」と思うのは、それまで、
「自分のしつけの問題だ」
と思って自分を責めていたからです。

でも、逆もあります。
「しつけ」だと思っている方法が間違っていて、
子どもの問題をエスカレートさせてしまっている場合もあるのです。

「自分のやっていることは、あくまでしつけの一環だった」
そう思っている、お父さん、お母さんの中には、
「自分も同じようにしつけられて来たから」
「別の方法が分からないから」
という方もたくさんいます。

「痛い目にあわないと分からない」
本心でそう思っているお父さん、お母さんはいて、
子どもを叩いたり、押し入れに閉じ込めたり、
お風呂場に閉じ込めたりします。

お父さん、お母さんは「自分がこの子をどうにかしなければ」
と本気で思っているのだけれど、
子どもの心には傷が残ります。

大人になってからも、自分の母親と電話ですら話すのが怖い。
暗闇が怖い。
真っ暗だと眠れない。
そんな悩みを抱え続けている大人もたくさんみています。

どこからが虐待で、どこまでがしつけなのか。
その議論は、
「どこまでがいじめで、どこからが犯罪なのか」
という議論にとても似ています。
その議論を続けていても、こうした子どもの死亡事件はなくならない。
そう、感じ続けています。

少なくとも、子どもの行動の問題の原因は
発達の問題にあるのか、しつけの方法の間違いにあるのか。
その原因の分析は、児童相談所に出来ること。
私はそう信じて、児童相談所の心理の仕事を続けて来ました。

児童相談所が、「行きたくない場所」ではなく、
「行ったら気持ちが軽くなった」と思える場所になるにはどうしたら良いのか。
そして、親御さんにとっても、子どもにとっても
もっと相談に行きやすい場所になる為にはどうしたら良いのか。
それも、考え続けています。

今日発売の女性セブンにコメントが載っています。

2016年04月08日

女性セブン

16-04-08-13-12-25-557_photo

辛い子育てをしないために~子どもの障害を受け入れる~

2016年04月05日

いつも思うのですが、お父さん、お母さんにとって、子どもの障害を受け入れる、
というのは大変辛いことです。

私が働いていた児童相談所では、子どもの知的障害についての
判断をするのも重要な仕事でした。

その日、中学生の娘さんを連れてやって来たお母さんの悩みは
知的障害ではなく、娘さんの非行についてでした。
「学校にも行かないし、夜中は遊び歩いて朝帰ってくるんです。
 注意すると、逆切れして、また出て行ってしまうし」
あまりに言うことをきかないので、お母さんが手をあげてしまうこともあるとか。
でも、娘も反撃するので、取っ組み合いのけんかになることもあるそうです。

私は娘さんと2人で話をしました。
娘さんは、ふくれっつらで、私の方を見ようとせず、横を向いて座っていました。
それでも、お母さんと一緒に、ここ、児童相談所に来てくれている。
だから期待は持てる。そう、思いました。
言葉数は少なかったけれど、娘さんは私の質問に答えてくれました。
どうやら、自分のやっていることが「よくないこと」だということは分かっているようでした。
初回としては十分です。

私は、お母さんと娘さんにいつも通り一通りの知能検査を含めた心理検査を勧めました。
そして、一通りの検査が終わった段階で、私は思わず肩を落としました。
分かってしまった。やっぱり、そうだったのか。

検査の結果をお伝えするために、お母さんだけに来て頂きました。そしてお伝えしました。
「娘さんには、知的障害があると思われます」
辛い宣告だけれど。これは、私の義務だから。

お母さんは、動揺することもなく、表情も変えず、
でも、こぼれ続ける涙を手で拭っていました。
「おそらく、学校の授業は聞いていてもほとんど分からなかったんだと思います。
 だから、行かれなくなってしまったんだと」
そして娘さんは居場所を得たような気がした。一緒に過ごせる、夜遊び出来る仲間を見つけて。
親しい訳ではないけれど、ただ、一緒にいればいいから。

「やっぱり、そうだったんですね」
お母さんはあふれる涙を手で拭い続けながら言いました。
「分かって、良かったです。だって、塾に行って、どんなに勉強しても、ちっとも出来ないんです。
 何時間も勉強しているのに、やっぱり『分からない』って。」
お母さんには、ちゃんと分かっていた。娘さんが努力していることも。
そしてその涙ぐましい努力をお母さんも悲しんでいた。

「学校のお友達とも、うまく付き合えなくなっていたんだと思います」
私がそう言うと、お母さんはうなずいた。
「小学校の頃から、すぐにお友達とトラブルを起こして・・・
 言葉より先に手が出てしまって・・・」
「自分の気持ちがうまく伝えられなかったんだと思いますよ」
私がそう言うと、お母さんはちょっとだけ、笑顔を浮かべた。
「私と、似てるんですね」
そう。だから喧嘩になってしまう。お母さんは分かってくれました。

娘さんの知的障害の判定は一通り終わりましたが、その後もお母さんと娘さんは
自発的に2人で通って来て下さいました。
娘さんの夜遊びはそう簡単にはなくならず、お母さんがカッとなってしまうことも続いたからです。

2人で来ているのに、待合室では一番離れた席に座り、2人でふてくされた表情を浮かべていました。
一度は、お母さんが
「夜遊びをやめないなら、もうこの子は面倒見れません。連れて帰れません」
と言い、娘さんは
「夜遊びも止めないし、絶対家に帰る」
と言い、お互いが、
「そう、言っといて」
と私に言うのです。
仲良くしたい、仲良くしたい。
2人ともそう言っている気がしました。だから、ここ、児童相談所に通って来ているのだと。

その後、お母さんの気持ちも伝わったのでしょう。
そして娘さんも楽になりたかったのでしょう。
娘さんは特別支援学校高等部に進学しました。

入学直後は、娘さんが自分の障害を受け入れられず、
「私はここにいる子達とは違う!」
と言って学校に行かなくなったり。
これも当然です。彼女の障害は軽く、重い障害を抱えている子とは違うと思って当然です。
お母さん、お父さんが子どもの障害を受け入れるのがとても大変なのと同じくらい、
子ども自身だって、自分が「障害者である」という現実を受け入れるのは大変なことです。

私は何度も学校に呼ばれ、先生達と話し合い、お母さん、娘さんとも話し合いました。
でも、次第にお母さんは児童相談所には来なくなりました。
悪い意味ではなく。
電車を乗り継いで来なくてはならない児童相談所よりも、
家に近い、通いやすい場所にある、特別支援学校の先生達、という相談相手を見つけたからです。

児童相談所は、お子さんの知的障害の判断をし、お父さん、お母さんに伝えなくてはなりません。
でも、お父さん、お母さん、そしてご本人が障害を受け入れるお手伝いもする場所であるべきだと
私は思うのです。

そして、困っている、家族、お子さんにとって
「ここに来れば、きっと助けてもらえる」
そう思える場所であるべきだと。

相模原市児童相談所中2男児自殺事件を考える その2~虐待している子をなぜ親は手放さないか~

2016年03月24日

昨日も、相模原市の児童相談所での中2の男の子の自殺については書きましたが、
考える所がたくさんある事件なので、今日も少し書いてみたいと思いました。

今回、子どもが保護を願い出たのに、「親が同意しなかった」という理由で
児童相談所は保護をしなかったことは問題視されていて、
私も大きな問題だと思っています。
でも、これも、相模原市の児童相談所の問題ではなく、
多くの児童相談所で同様の事が起こっていると思います。

親の同意が得られないので児童相談所が保護しなかった理由は前回書きました。
でも、なぜ、虐待している親が、子どもを手放すことに抵抗するのか。
そんな疑問を抱く方もいらっしゃるのではないかと思います。

多くの、虐待する親は、子どもを児童相談所に預けることに抵抗します。
それは、一つには自分の暴力が露呈されるのを恐れてかもしれません。
ですが、「しつけ」の範囲と思って暴力を振るっている親御さんの多くは、
自分たちの力で、子どもを良くしなくてはならないと本気で思っています。
そして、自分たちしか子どもを良く出来ないと。
他人になんか、任せられない。自分の子なんだから、と。
他人に、児童相談所に任せたら、きっと子どもはもっと悪くなる。
そう思っている親御さんも少なくありません。

大人が、考え方を変えるにはとても時間がかかります。
その間、子どもは被害に遭い続けてしまうのです。
だからこそ、保護を優先しなくてはならないのです。

そしてもう一つ。児童相談所は、児童相談所に通っている中で、
親子関係は良くなっていた、と認識していた。
けれど、親御さんはむしろ悪くなっていたと感じていた。
子どもは児童相談所に通うことで心を閉ざしていった、と
報道されていました。

実は、これも起こり得ることです。
児童相談所の職員は、親御さんへの指導をする一方で、
子どもに対しては、
「暴力を振るわれるのは、あなたが悪いせいではない」
「大人が子どもに暴力を振るうのは許されることではない」
と伝えることが多いはずです。
もちろん、相模原市児童相談所の職員がこの通りに言ったかはわかりません。
ですが、私は子ども達に伝えて来ました。

そう言われた子どもはどんな気持ちになるでしょう。
「自分は悪くなかったんだ」
と救われた気持ちになるのです。
だから、親から怒られた時、暴力を振るわれた時、
今までよりちょっと強い気持ちになるのです。
「悪いのは親の方だ」

親御さんは、今までもよりも反発するようになったと感じるでしょう。

だから、児童相談所の職員は、いえ、子どもに関わる職業の人達すべては、
自分の言葉が、子どもにどんな風に響き、子どもはどんな気持ちになり、
親子関係はどうなってゆくかをきちんと考えながら、子どもに言葉を伝えなくてはならないと思うのです。
自分の言葉に責任を持って。

だから私は伝えて来ました。
「暴力を振るわれるのは、あなたが悪い訳じゃない」
と言った後には、必ず、伝えました。
「だから本当に辛くなったら、逃げていいんだよ」
その言葉は、絶対に実行する、という決意を持って。

「あなたが悪いんじゃない」と言われ、救われた気持ちになった子が、
助けを求めても、助けてもらえなかったとしたら。
子どもは、どんな気持ちになるでしょうか。
切なすぎます。

繰り返しになりますが、これは相模原市児童相談所だけの問題ではありません。

だからこそ、私は、児童相談所の職員の方たち、そして子どもに関わる現場の方たちにお願いしたいのです。
自分の言葉がどんな風に、子どもに響き、どんな風に子どもの心を動かすのか。
それを考えながら、子どもに接して欲しい。

そして、もう一度考えて欲しいのです。
児童相談所の絶大なる権限はすべて、子どもの安全のためにある、ということを。

相模原市児童相談所 中2男児自殺事件を考える。

2016年03月23日

相模原市児童相談所で、虐待を受けていて、何度も児童相談所に保護を求めた中2の男の子が
保護してもらえず、自殺して、亡くなってしまった、という事件が起こりました。

絶対に、起こってはいけない事件が起こってしまった、と思いました。

各ニュースは相模原市児童相談所の対応の問題を指摘しており、
それが間違っているとは思いませんが、
相模原市児童相談所だけの問題ではなく、
全国の児童相談所の問題として考えなくてはいけない。
現場にいた私は思っています。

なぜ、彼を保護してあげなかったのか。
一つ考えられるのは、児童相談所が虐待を認識してから、
両親、お子さんは児童相談所に通っていた。
「ちゃんと通ってくれているのだから」
「だから大丈夫だろう」
児童相談所の職員は、そう思ってしまいがちです。
通ってくれていることが、虐待の抑止につながり、
親子関係の改善につながっている。そう思ってしまう人は少なくないと思います。

そして児童相談所に両親、子どもが通わなくなってしまい、
児童相談所は、学校でお子さんと面接をした。
「家の居心地は悪いけれど、学校は楽しく通っている」
彼の言葉を「学校に楽しく通っているのだから大丈夫だろう」
そう思ったのではないかと思います。私の推測に過ぎませんが。

虐待を受けている子の中に、「学校は楽しい」と言う子は少なくありません。
なぜなら、学校の方が、家よりも居心地が良いから。

「傷やあざはないから」
これも、児童相談所の職員が、保護の判断基準とする一つの材料です。
身体に傷、あざはない。
でも、心は見えないから。
心がどれだけ傷ついているのか。それを見極めるのが、
児童相談所の心理の仕事だと私はずっと思って来ました。

そして、一時保護に両親が同意してくれなかったから保護しなかった。
児童相談所には、両親が同意しなくても、児童相談所が職権で保護できる権限があります。
でも、子どもを保護しかたらと言って、児童相談所とご両親の関係は
終わる訳ではありません。
子どもについて、家族について、話し合いを繰り返さなければなりません。
だから、全面的な敵対は避けたい。
その気持ちも分からなくはないけれど・・・

厚木では、児童相談所に相談していたのに、お母さんが子どもを殺してしまった
という事件がありました。

児童相談所は、子どもにとっても、お母さんにとっても、最後のセイフティネットでなければ
ならないと思うのです。
子どもも、お母さんも、お父さんも「ここに来て、救われた」そう、思ってくれる場所。

でも、「緊急性はない」と児童相談所は判断した。
相談した側は、どう思うでしょうか。
「相談したけれど、助けを求めたけれど、なにもしてくれなかった」
「だったら、自分で解決するしかない」
そう、追い込まれてしまう。

相模原市児童相談所を批判したい訳ではありません。
でも、児童相談所は、どうしたら、本当の意味で、子どもを救えるのか。
目に見えない、心の緊急性をどうしたら見極められるのか。

「児童相談所の判断に間違いなかった」と言い切るのではなく。
間違えたんです。だから子どもは死んでしまったんです。
相模原市の児童相談所の事件だけでなく、あらゆる虐待死は。
だから、これから間違えないように、どうしたら良いのか。

児童相談所がどう変わってゆくべきなのか、考え続けたいと思っています。

『最強の食事』でダイエット~ダイエット中に食べて良いスイーツ~

2016年03月17日

児童相談所で出逢ったお母さん達について書き続けていましたが、
今日は久しぶりにダイエットネタです。
以前に、『最強の食事』でダイエットをしていることはご紹介しました。
今日はその、シリコンバレー式『最強の食事』に基づいて、
食べても良いスイーツのご紹介です。

最強の食事

最強の食事では、炭水化物は摂り過ぎは良くないけれど、
白米、特に冷めたご飯は良いとされています。
なので、和菓子、特にお団子は○なのです。
みたらし団子はお醤油を使っているので小麦は入っていますが、
少量なのでOKです。と、解釈しています。
砂糖は摂り過ぎなければ良いので。

とにかく最強の敵は小麦なので、残念ですが、
ケーキ、クッキー、ビスケット、パンケーキはダメなのです。
グルテンは中毒性が高いので、もっともっと食べたくなってしまうのです。

意外に○だったのがグミ。
物によっては植物性油脂が入っているので、これはダメです。
植物性の油は酸化してしまっているので・・・
数は少ないですが、油を使っていないグミがあり、
グミに含まれるゼラチンは脳のパフォーマンスを上げてくれるそうです。
コラーゲン、ビタミンCが入っているもののあるので、助かりますね。

後、これはつい最近見つけたのですが、
ココナッツオイル入りのチョコレート。
銀座のMATSUYAの地下で売っています。
カカオバターは○ですし、ココナッツオイルもぜひ摂りたい食材。
しかもMATSUYAで見つけたチョコレートは
砂糖を使っておらず、カカオバターとココナッツオイル、ココナッツシュガー
で作られており、すべて有機栽培。
ありがたいですね。

ちなみに、お米が○なので、おせんべいも、油を使っていなければ
食べてOKなお菓子です。

『最強の食事』でダイエットを始めてほぼ4か月。
太らない体になってきています。

ココナッツオイル入りチョコは、後日写真もご紹介しますね!

プレジデントファミリーに載りました。

2016年03月10日

プロフィールプレジデントファミリー記事プレジデントファミリー表紙

3月5日発売のプレジデントファミリーの特集記事にコメントが載りました。
良い記事に仕上がっているので、ぜひご覧ください。

子育て雑誌っておもしろいですね。
今回は子どもの学力を上げる教育方法が色々載っています。
学習方法だけでなく、生活習慣、加えて「育脳弁当」も。

以前頂いたのは「学費高騰」。
今は、公立大学も私立大学と同じくらいお金がかかるらしんです。

子育てって本当に大変ですよね。

辛い子育てをしないために ~子育ての仕方が分からない~

2016年03月04日

広島県の呉で、また児童虐待による死亡事件がありました。
虐待はそう簡単にはなくならない。
現場で感じ続けたことです。
でも、育てられないなら、育てたくないなら、
預けて欲しい。ずっと、思い続けています。

さて、今日書くお母さんのことで、
最初に児童相談所に電話があったのは保育園の園長先生からでした。
「とにかく、子育てが出来ていないんです。
 朝ごはんも食べさせていないことが多いし。
 洋服もタオルもいつも汚れていて。
 プールの日に身体がすごく汚れたまま来ることもあって・・・」
保育園からは、何度もお母さんに注意をしているそうです。
でも、一向に変わらないので、プールのある日は、保育園でシャワーを
浴びさせてあげたり、タオルも保育園のタオルを使わせてあげたりしているそうです。
お子さんはまだ1歳半。心配です。

お母さんには、園長先生から児童相談所に連絡を入れることは
伝えて下さっているということだったので、私はお迎えの時間に
保育園に出向いて、お母さんにお会いしました。
保育園では話しにくいこともあるだろうと思い、
改めて児童相談所に来て頂くことをお約束しました。

児童相談所に来て下さったお母さんに、私は伝えました。
「保育園の先生たちは、とても心配されていて・・・
 お母さんも困っているんじゃないかって。
 何か、お力になれることがあれば、と思っているんです」
お母さんは黙ったままでした。
拒絶されてる?そう思った時でした。
お母さんが口を開きました。
「分からないんです」
お母さんは続けました。
「分からないんです。子どもの育て方も。
 私自身、親から何も教わって来なかったので、掃除の仕方や
 洗濯の仕方も分からなくて。洗濯したのに、タオルが汚いって言われてしまったり。
 ご飯も、食材は買ってあるんですけど、何を食べさせればいいのかも、
 作り方も分からなくて」
聞けば、ご主人もお母さんと同じような境遇で育って来たとか。
そしてお母さんは、19歳でお子さんを出産。
まだ、お母さん自身が、大人になり切れていないんです。

お母さんには、また児童相談所に来て頂き、お話を聞くことにしました。
でも、もう一つ。やらなくてはならないことがあります。
今、一番お母さんに必要なのは、お母さんへのサポートです。

私は、このご家族に関わる人達に集まって頂き、みなさんと話し合いました。
保育園の先生、保険相談所の保健師さん、福祉事務所の方。
みなさん、お母さんが子どもを可愛く思えないとか、
子育てをしたくないわけではない、ということにほっとして下さりました。
そして、喜んでお母さんのお手伝いをしたい、と。

保育園の先生は、引き続き、気になることをお母さんに伝えながら、
どうしたら良いかを具体的にお母さんに教えて下さることに。
保健師さんは、定期的にお家を訪問し、お母さんの困っていることを聞いて下さることに。
福祉事務所はお家にヘルパーを派遣。
ヘルパーさんは、掃除や料理を、お母さんと一緒にして下さることに。
お母さんサポートチームが出来ました。

お母さんは、家に人が出入りすることも嫌がらずに受け入れてくれ、
関わってくれる人たちの話を、素直に、静かに聞いてくれているとのことでした。

3か月経ったころ、児童相談所に来てくれたお母さんは言いました。
「少しだけ、掃除の仕方とか、分かって来ました。
 洗濯ものの片付けかたとかも。
 主人も、掃除を一緒にしてくれるようになって」

保育園からは、心配なことがあると連絡を頂きましたが、
みなさんが根気よく、お母さんを支えてくれ、
そしてお母さんの成長を感じてくれていました。

6か月が経ちました。お子さんは2歳になりました。
私は、お家を訪問させて頂きました。
お父さんとお母さん、そろって迎えて下さいました。

お家は、きれいに片付いていました。
古いアパートでしたが、清潔さも感じました。
「お母さん、よく頑張りましたね」
私がそう言うと、
「みなさんのおかげです」
お母さんはそう言った後、
「やっぱり、家がきれいだと気持ちがいいんですね。
 最近、料理も楽しくなってきて・・・」
素晴らしい。
お母さん、本当によく頑張りました。お父さんも。

子育ての仕方が分からない。自分の子育てに自信がない。
そんな悩みを抱えたお母さんはたくさんいます。
どうか一人で抱え込まないで、誰かに相談して下さいね。
力になってくれる人は必ずいるはずです。

辛い子育てをしないために ~子どもが学校に行きたがらない~

2016年03月01日

子どもが小学校に入学したけれど、学校に行きたがらない。
小学校生活をスムーズにスタート出来ないと、お母さんたちは不安になります。
最近あまり聞きませんが、「小1プロブレム」という言葉も話題になりました。

その日、児童相談所にやって来たお母さんも悩んでいました。
「娘が学校に行きたがらないんです。入学式の後、数日は行けたんですけど・・・」
娘さんが小学校に入学して、まもなく3週間。ゴールデンウィーク直前の事でした。
「幼稚園の時は嫌がることなんてなかったんです。毎日楽しく通っていて。
 小学校も、行けた日は『楽しかった』って言っていたんですけど・・・」
お母さんの心配は当然です。子どもが学校に行きたがらなくなると、
多くのお母さんは、「このままずっと不登校になってしまうのでは」という不安を抱きます。

「私が校門まで一緒に行ったことも何度もあるんです。
 家を出る時はご機嫌だったのに、学校に着いて、私が帰ろうとすると
 私にしがみついて大泣きするんです。
 そういう娘の姿を周りの子がどう思うかも心配で、
 もうやめたんですけど・・・」

娘さんにもお会いして、お話ししました。
最初はちょっと照れていましたが、元気で明るいお嬢さんでした。
娘さんの心理テストも一通りしましたが、特に心配な所はありませんでした。

「少し、時間をかけて待ってあげて良いと思いますよ」
私がそう言うと、お母さんはため息をつきながら言いました。
「主人も『しばらく様子を見ろ』って言うんです。
 私が心配し過ぎなんだって。
 でも、このままずっと学校に行かれなかったらどうしようって
 思ってしまうんです。
 周りの子たちは元気に学校に通っているのに・・・
 娘の方は、家の中では元気に遊んでいて・・・
 それを見ているとイライラしてしまう時もあって・・・」
私は言いました。
「そうですよね。学校休んで、なに遊んでるのって
 思っちゃいますよね」
お母さんは何度もうなずいた。
「でもね、お母さん」
私はお母さんに伝えました。
「幼稚園と学校って、子どもにとってものすごく大きな差があるんです。
 時間の長さも違うし、幼稚園の頃は常に大人が周りにいたのに、
 学校では大人がいない時間もあります。
 遊べる時間も短いし。
 自分のことは自分でやらなきゃいけないし。」

「心理テストの結果で特に心配な所はありませんでしたけど、
 娘さんは、お母さんと離れると不安になってしまうんだと思います。
 周りは知らない子もたくさんいるし」
「そうなんでしょうか・・・」
お母さんはまだ不安そうです。
「新しい場所で、知らない子に囲まれて過ごすんです。
 不安もいっぱいあって当然です。
 今はまだ娘さんにとって学校に行くということは
 『お母さんに置いて行かれた』
 と感じてしまうんだと思います。
 小学校の入学の時期は決められているけれど、
 子どものスタート出来るタイミングはそれぞれ違うんです」
「そういうものなんでしょうか・・・」
「はい」
私は続けました。
「娘さんは今、心の中で準備をしています。
 そして、子どもというのは毎日家の中にい続けると
 ちゃんと退屈を持て余すようになります。
 だから学校に行きたくなるはずです」

学校に行かれない間は、児童相談所に通ってもらうことにし、
お母さんはしばらく様子をみることに納得して下さいました。

ですが、私が娘さんと児童相談所でお会いしたのは
3回だけ。
6月に入る頃には、娘さんは自分から
「学校行ってみようかな」と言うようになったのです。

すぐに毎日行けるようになったわけではありませんが、
お母さんの気持ちも落ち着き、時々不安になった時に
電話を頂くだけになりました。

前回のブログの「言葉の出始め」と同じで、
お母さんが子どもの発達を「待つ」のは意外に大変なことです。
でも、やっぱり子どもによって発達のペースは違うもの。
待ってあげることは大事ですね。